ゼネコンマン

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【六角鬼丈 氏】代表作品は?

六角鬼丈(ろっかく きじょう)

六角鬼丈 経歴

1941 東京都出身
1965 東京芸術大学美術学部建築科卒業後、磯崎
新アトリエ入社、その後、六角鬼丈計画工房を開設
1991 東京芸術大学美術学部建築科教授
2000 中国清華大学美術学院客員教授
2004 東京藝術大学美術学部長として現在に至る。
2009 退官、現在東京藝術大学名誉教授

六角鬼丈 主な作品

東京都武道館 東京武道館

周辺環境に対してどう調和する施設配置を提案していくかという問いがひとつと、地域におけるシンボル性についていったいどう考えるか。それからもうひとつは、これが一番難問だったんですが、文化的な側面として武道というものをどう捉えるのかということ。そういう問いかけが三つあったんです。その答え方として、ひとつは、地域の問題は後ほどスライドで説明していきますが、一番の問題としていわゆる文化的側面の表現という言葉なんですね。そこで私は大上段に構えたいい方をしたわけです。武道っていうのはスポーツではなくてむしろ芸術の仲間だといい切らせてもらったわけです。このことはいろんな伝統文化の問題に絡むことだと思うんです。実は私は何の武道もやってないんですが、単にスポーツという言葉で武道を括ってしまいたくありませんでした。

ただそのときに考えたのは、武道館という施設をつくるときに、スポーツセンターをつくるという意味合いではなくてむしろ武道らしさとか、武道の背景としてつくり得る施設というのは何だろうと。これは必ずしも武道館という建物でなくても良くていろんなケースの建物があると思うんです。そのときにその建物に対してどういうふうにその施設に施設の形態とか形式とかイメージを与えていったら良いのかということと、同じだと思うんですね。私がいいたかったのは、武道はスポーツの中では唯一芸術性があるんだということです。その理由としましては、これは物をつくるための手段というのはかなり偏ったところもあるわけで、その偏ったところの解釈からつくる手立てを見付けたいという自分の希望があったわけですね。むしろ武道っていうのはそういうものが育まれてきた時代っていうのは茶道とか書道とか、それからよく宮本武蔵の話にも出てきますけれども、書をやったり絵画をこなしたと。そういうこととか禅と結び付いたり。他の諸文化と結び付いていって、それが日常の生活の中でも非常に文化的な役割、もしくは教育的な役割、それから精神的な部分の成熟高揚も含めたさまざまな生活実態と文化とが結び付いていたんだと、したがって単に武道をいわゆる健康という意味だけでの身体的な訓練とか、いわゆるスポーツ施設。これはちょっといい方が悪いんですがそいういうふうに考えたくなかったと。で、大変しつこいいい方になりますが、そういう思いを手立てにして芸術的な多分野のものが多様に入り込んでいくような施設をつくってみたかった。ファッション性といいますか、どちらかというとエアロビクスをやるような健康スポーツ的なイメージではなくて、少々泥臭くなるかも知れないけれど他のアートのメンタルな部分と結び付いていくような施設のほうが武道館らしさを表現する手立てになるだろうと考えていました。そのことがそう簡単に受け入れられる話ではなくて、それじゃあ他の体操競技とかいわゆるシンクロナイズドスイミングに芸術性がないのかって、みんな芸術点がつくわけですね、それは芸術じゃないんだといいたいわけではなくて、自分が武道館をつくっていく目的のためにあえて偏った意見と切口を提案していったと。それが受け入れられたのではないかと思っています。そういういきさつからこの武道館の計画を始める手掛りを得たわけです。

参照:六角 鬼丈 - 「地・水・火・風・空」「東京武道館のこと-1」:東西アスファルト事業協同組合

富山県「立山博物館」 R7084846 立山博物館

金光教福岡高宮教会 Konkokyo Takamiya Church